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 『京都というまちを考える試み。』
  第5回 「百万遍における、コタツの記憶」

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第5回原稿 

  寒くなった。冬が訪れようとしている。
  寒い、それはすなわちコタツの季節である。私もさっそく、コタツを出した 。

  コタツと言えば、ふと石垣カフェを思い出す。そういえば、もう2年も前の
  ことである。百万遍にヤグラが組まれ、カフェができていた。コタツとタタミの
  インパクトが強く、ものすごくショックを覚えた。それから私は、だいぶん
  石垣カフェに通った。なんといってもコーヒーや食料がふんだんにあった。
  多少のカンパはしていたが、ほぼタダで酒やコーヒーやご飯を毎日のように
  いただいた。鮮烈な思い出である。私は、コタツを意識すると、石垣カフェの
  濃厚な記憶に襲われてしまう。

  石垣カフェは百万遍にあった。百万遍は学生が多い。そして石垣カフェには
  酔っ払いや旅人や修学旅行生などが訪れていた。百万遍の交差点にさらけ
  出された空間が石垣カフェで、そこにはコタツがあり、雑多な人びとが流れ
  交わる空間の中に、雑多な人びとが留まるコタツがあった。毎日知らない
  人と出会った。何回か出会ううちに、おもしろい話ができるようになった。
  けっこう会話をした人でも、その人が一体どういう人なのかを思い出せない。
  そんな場だった。

  そこには本があった。私もたくさん読んだ。本があり、コタツがあり、時々
  昼寝もした。そこに留まるのであるが、そこに住むというわけではなかった。
  繰り返しになるが、交わる場であり、留まる場であり、同時に留まらない場
  として石垣カフェは存在した。

  そのような、背反を抱えた存在を支えたのが、学生であるというのが
  おもしろい。もちろん石垣カフェは学生以外の本当に様々な人がいた。
  だが、学生は京都に留まり、京都から流れている。京都の中でも引越す。
  その、柔軟な居住スタイルを、百万遍という交差点にさらけ出した形態が
  石垣カフェだった。

  大学と石垣と百万遍という、そもそも様々な人が交差していたポイントに、
  コタツが置かれた。それによって、豊穣な交流空間が生まれた。現在
  石垣カフェは閉店したが、コタツによる交流の可能性を考えさせる。私は
  コタツの可能性を追求したいと思う。

  コタツは、その正誤に関わらず、発展の原動力である。



 構成:【PeaceMedia】/(C)かげもん 2006年11月記 :



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